平成最後の夏だから、平成の世に生んでくれた親に感謝しよう
平成最後の夏だともてはやされ、
浴衣で花火とか、海辺のBBQとか、夕暮れの夏祭りとか、
平成最後の夏をどう過ごすのか、SNSによく書かれがち。
だけど、だけど、
もっと小さい時から平成を振りかえってみたらどうだろう。
私は21歳で、平成8年生まれで、昭和を知らないけれど、
平成はとってもいい時代だったと思う。
そんな時代に生まれたからこそ。
『平成最後の夏だから、平成の世に生んでくれた親に感謝しよう』
という過ごし方もありなんじゃないですか。
というわけで、私が親にたくさん感謝したいことを考えてみました。
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私の父は公務員で、母は専業主婦。
3人きょうだい(弟、妹)の長女として愛媛で高校まで暮らしました。
私が親に感謝したいことは、
- たくさん旅行に連れてってくれてありがとう
- 「勉強しろ」「お姉ちゃんだからしっかりして」を1回も言わないでくれてありがとう
- 進路や就職先を好きにさせてくれてありがとう
です。
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毎年夏休みは、家族旅行に行きました。大阪、岡山、佐賀、長崎、大分、宮崎・・・
旅行好きのお父さんが毎年、「今年はどこに行く?」と企画していました。おかげで今でも旅行が大好きになった。旅行でとった家族写真がその次の年の年賀状の写真になってました。
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小学校から高校まで、1度も「勉強しろ」とか「お姉ちゃんらしくしっかりしなさい」と言われることがなかった。それは両親が気をつけていたらしい。本当にありがたい。おかげで窮屈な思いをせずに過ごせました。
「勉強しろ」と言われなかったけど、負けず嫌いだったから勉強がわからないのが悔しくて、気づいたら勉強する習慣がついていた。中学も学年トップ層だったし、高校も選抜クラスに入れたので、「勉強しろ」といわれないほうが子供って伸びるのかも・・・自分の子供にも絶対「勉強しろ」は言わないでおこうと思います。
「お姉ちゃんらしくしなさい」とも全く言われなかった。ただそのおかげで(せいで?)こんなに自由奔放で周囲に気を遣えない性格になってしまった(笑) きょうだい3人の中で1番ぶっとんでて男前な性格になってしまった(笑)でもこんな性格の自分が嫌いではありません。
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あまり私の人生に干渉してこなかった両親は、私の就職先に関しても「あなたの人生よ」のスタンスを崩しませんでした。
父は公務員で、「安定だから」という理由でなったそうだけど、私に「公務員が安定だからなりなさい」ということは1度もなかった。
お金が大好きで商売っ気あふれる私は、正直公務員に1ミリも魅力は感じなかった。
そんなお父さんですが、就職先が東京に決まったとメールすると、
『おめでとう。でも、遠くに行ってしまうので嬉しさ半分寂しさ半分である』
というメールを送ってきて、お父さん私のことめっちゃ好きじゃん、と思った。
お父さんにしてはやけに素直で面白かったからメール画面はスクショしてお母さんに送った。
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そんなこんなで、生きてきた平成の21年間は最高に楽しかった。
とても平和だった。
親に、平成の世に生んでくれてありがとうって感謝したい。
来年、新たな時代とともに社会人生活がスタートする。
『あたしが社会人になった年はちょうど新たな年号になってね・・・』と何年後かに話す日が来るのでしょう。楽しみ。